ナポレオンの村

ナポレオンの村より引用
Copyright© 1995-2017, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved.

前回に引き続き、「」の記事です。
「ナポレポンの村」は、一言で言えば、限界集落を立て直すというストーリーで、元々、実話をヒントに再構成されたものです。
今回は、第1話のお話です。今回のキーワードは「自律性」。

第1話では、祭りのイベントがテーマです。
登美子ばあさんは、和紙を作る職人です。
すごい和紙を作っているのですが、生計は成り立っていません。
そこで主人公の浅井は、祭りでのイベントとして、スカイランタン(和紙のランタンを飛ばす)を思いきます。
そしてこれを実現するには、村人の協力が必要でした。
ですが、村人にこの案を提案したものの、あっさり村の代表の神主さんから反対されます。

「みんなを働かせるのは無理なんじゃないか?」
「もしも、祭を手伝って、生活が苦しくなった人はどうしたらいいんだ?」

そして、市役所もこの提案に反対です。

「公務員は、失敗しそうなことには手を出さない」

そうした中でも、浅井の活躍により、村人達は、少しずつ「自分たちでやる」という「自律性」に芽生えてゆきます。
「自律性」とは、自分で決めて自分で行う気持ちです。

ただ話の中では、登美子ばあさんが、がんばりすぎて無理がかかり倒れて病院へ運ばれてしまいます。
この病院で印象的なシーンがあります。
まず、星川市役所職員の由香里が、浅井に対し、登美子ばあさんに無理をさせたせいで倒れたことを責めるのですが、もちろんそのことには謝罪します。
そして、登美子ばあさんに、なぜここまでやらせたのかを問いただした後、こんな言葉が返ってきます。

浅井「自分でやらなきゃいけないんだ。
   登美子さんが、自分で作ったランタンであることに意味があるんだ。
   他のみんなも一緒だ。
  『自分たちの力で成し遂げる』そういう気持ちを持たない限り、何も変らないんだよ」

これを、由香里は、「浅井さんの理想論」の一言で済ませてしまいますが、たしかり理想論であり、そしてこれは真実です。
というのも、人は手助けしすぎると、自律性(自分で決めて行おうとする気持ち)が失われてしまうからです。

変化のために、最初に必要なのは「自律性」。
誰かのいいなりになっている。あるいは、自分からは行動を起こさない。これは自律性がないからです。
また、「私は悪くない、あいつが悪いから」という被害者意識を理由に行動しないのも、自律性がないからです。

そして、この「自律性」に焦点を当てたのが、第1話です。
この自律性は、第1話のみならず、最後まで重要なキーワードとなります。
その自律性を芽生えさせるためのきっかけ作りに専念したのが、主人公の浅井です。
そして実は、カウンセリングも、クライアントがひとりで変化していくという自律性に注目しますので、今回の話にも通じるものがあるのです。

メインブログ(Wordpress)のトップページへ(「お金」と「やりがい」を繋げる潜在意識の使い方)

もっと、理論を深めたい方は、メルマガがおすすめです。

無料メールマガジン 非凡な人のための「お金」と「やりがい」を繋げる潜在意識の使い方

 このブログは、Worepressで運営していますが、アメブロとも連動しています。
アメブロをご利用中の方は、下のボタンから「読者登録」ができますので、どうぞご利用ください。

アメブロへ「読者登録」する